2017年2月17日(金)

辻本茂雄の恩人はうどんの鉢?!

丹野みどりの よりどりっ! / エンタメ

吉本新喜劇の辻本茂雄さんが、CBCラジオ『丹野みどりの よりどりっ』に出演。芸能活動30年ということで、パーソナリティの丹野みどりに対し、初めてお笑いの道に入った理由を語りました。img_20170201_1-thumb-300x224-118307

辻本茂雄さんと言えば、30年にわたり吉本新喜劇を座長として牽引し、日本を代表するコメディアンの第一人者。
そんな辻本さんがお笑いの道へ進むきっかけを作ったのは、意外なモノでした。

「僕の人生はうどんの鉢でつながってる、って話しませんでしたっけ?」

3年連続の番組出演で初めて飛び出したフレーズ。それはいったいどんなこと?辻本さんが真顔で語ります。

競輪選手の夢を砕いたうどんの鉢

競輪選手を目指し全国大会にも入賞したという辻本さん、うどん屋を営んでいたお母さんから、千日前道具屋筋商店街まで鉢を取りに来るよう頼まれます。
道具屋筋は、職人用の調理器具、厨房道具や食器類を扱う商店が軒を連ねる大阪では有名な商店街。
そこへ向かう道中で、辻本さんは接触事故に遭ってしまい病院へ運ばれます。

「レントゲン撮った結果『このレントゲン見てくれへんか?』って指差したところが曇ってたんですわ。『大きな病院行ってくれへんか』って言われて、調べたら右脚に腫瘍ができてたんですよ」

入院の末リハビリを経て、再び自転車に乗れるようになった辻本さん。再び競輪選手への夢へ向かい始めた数ヵ月後、定期健診でどん底に叩き落されます。
今度は左ひざに腫瘍が見つかってしまったのです。

お笑いの世界へ導いたうどんの鉢

「先生に『競輪のような重いペダルは踏めないな』と言われまして、もう絶望感しかないですよ…」

周りの友人が就職したり、大学へ進学する中、目標を失った辻本さん。家とアルバイト先の往復に明け暮れ、何もしたいことが見つからない日々を過ごしていたそうです。
挫折から3年も経とうとしていたある日、お母さんから道具屋筋までうどんの鉢を取りに来るよう頼まれたのでした。接触事故を起こしたあの日と同じように。

「道具筋って、なんばグランド花月の横にあるんですね。そこを歩いていたら『ニュースタークリエーション NSC5期生募集』…吉本の養成学校ですね、ポスターが電信柱に貼ってあったんですよ。やることないって思ってたけど、そのポスターが光って見えたんですね。いっぺん勇気を持って、お笑いの世界に入ってみたらどうなるんやろと思って入っただけなんです」

お笑いに興味を持っていなかった自転車少年が、その後30年もお笑いを続けることになるきっかけは、辻本さんの笑いを象徴する実に庶民的な「うどんの鉢」だったのでした。

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