2018年1月11日(木)

豊臣秀吉プレゼンツ!歴史が学べるクイズ「太閤さんの当てさせ太閤!」

名古屋おもてなし武将隊 戦国音絵巻 / エンタメ

400年前より現代に蘇りし戦国武将の集団・名古屋おもてなし武将隊が、ラジオ界の天下一を目指す番組『戦国音絵巻』。
1/8の”出陣”は、豊臣秀吉、加藤清正、足軽の陣笠隊・祭りが大好きな一之助(かずのすけ)です。

今回は秀吉の新企画「太閤さんの 当てさせ太閤!」の模様をお届けします。

“太閤(たいこう)”とは、摂政または関白の職を子弟に譲った人物のことで、いつしか秀吉の代名詞になりました。大阪の経済発展に貢献した秀吉は、今でも大阪で「太閤さん」と親しみを込めて呼ばれています。

ルール説明です

きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲「最&高」の歌詞の、”最”の部分に秀吉の声で「たい」を被せ、”太&閤”という意味にするという、非常に伝わりにくいタイトル曲が流れる中、始まりました新企画。

これは、秀吉が出す手掛かりを元に、歴史上のどんな出来事なのかを当ててもらう問答(クイズ)企画です。
ただ、秀吉もなるべくたくさん当ててもらいたい、当てさせたい、当てさせ太閤!…という気持ちなので、3つの手掛かりを出します。そうです、ダジャレです。

ちなみに、1つめの手掛かりで当てることができたら”30太閤”。2つめなら”20太閤”、3つめなら”10太閤”が与えられます。早い話が、30、20、10ポイントがそれぞれ入ります。
100太閤を集めると、10分の1サイズのぬいぐるみ「太閤くん」がもらえるらしいです。真偽のほどは分かりませんが。

解答者は清正と一之助。なお、答えたい時は大きな声で「答え太閤!」と叫びます。早押しクイズの「ピンポーン!」のようなものですね。ええ、これもダジャレです。

歴史を学べるクイズです

では、早速問題に行きましょう。まずは最初のヒントを秀吉が言います。ヒントは誰かの言ったセリフという形で出されます。

【手掛かりその1】
「恐れるでない!」

これは誰が言ったセリフなのかが、カギですね。

一之助が先陣を斬りました。
「答え太閤!織田信長様!」

秀吉「あきれ太閤」
ブブーッ。ハズレです。ちなみに、正解の場合は「よくやっ太閤!」と秀吉が言います。
ちょっとムリヤリですが、ダジャレです。

それにしても、歴史上の出来事を当ててって言ってるのに、人物名を答えてしまった一之助。やや武功を焦りましたか。

その隙を縫って清正が攻めていきます。
「答え太閤!金ヶ崎の退き口!」

秀吉「あきれ太閤」
ブブーッ。

金ヶ崎の退き口とは、1570年、越前国(現在の福井県)で起きた、信長の撤退戦。朝倉家を攻めていた信長が、浅井家の裏切りにより挟み撃ちにされ、命からがら逃げのびた戦いです。

2人とも外れたので、続いてのヒントに行きましょう。

【手掛かりその2】
「大将だけを狙え!奇策じゃーっ!」

あまり使われていないからこその奇策。答えの選択肢が限られてきます。これは大きなヒントです。

しかしここでも2人ともハズレ。いよいよ最後のヒントです。

【手掛かりその3】
「今川を討ち取ったぞーっ!」

決定的な名前が出ました。
競って「答え太閤!」と叫ぶ2人、競り勝ったのはこちら!

清正「桶狭間の戦い!」

秀吉「よくやっ太閤!」
ピンポンピンポン!

桶狭間の戦いとは、1560年、わずか3,000兵と言われた織田信長軍が、4万兵とも言われた今川義元軍を恐れることなく、風雨の中奇襲して勝った戦のこと。ここから信長は勢力を拡大していきました。

これで清正に10太閤が入ります。

“太閤”の使い方が雑ですぅ

第2問目は、一之助が第二手掛かりで正解したため、20太閤獲得しました。
お次はやや難易度が上がって上級編です。ただ歴史上の出来事を答えるのではなく、秀吉が言ったセリフに続けて自分もセリフを言い、会話をつなげる方式になります。

【手掛かりその1】
「街道に準備いたせーっ!」

一之助「答え太閤!祭りの準備じゃーっ!」
秀吉「あきれ太閤」
ブブーッ。

清正「さあ、皆しも!酒の用意じゃーっ!皆で信長様を出迎えるぞーっ!」
秀吉「あきれ太閤ぉーっ!惜しい、いい所まで行ったけど、ブッブーッ。ダメ太閤。
あとお主、『答え太閤』とちゃんと言わぬと切腹太閤じゃからな」

ダメ太閤?切腹太閤?もはやダジャレですらありません。ただの口癖です。タラちゃんの「~ですぅ」と同じ扱いです。
ていうか、ダメな太閤さんが切腹したようにも聞こえてしまうですぅ。

【手掛かりその2】
「行ける…!行けるぞ!さあ行くぞぉーっ!」

清正「答え太閤!六日間で京へ戻るぞ!中国大返しじゃあーっ!」
秀吉「よくやっ太閤ぉーっ!」
ピンポンピンポン!

中国大返しとは、1582年、本能寺の変で主君・信長が明智光秀に裏切られ散った報を知り、秀吉が敵を討つべく、現在の岡山県から京都までの約200kmをわずか6日間で走って戻ったという出来事。
その際、村々の民衆に頼んで街道沿いに飯を用意させ、栄養補給しながら兵を進めたと言います。

秀吉「今で言う『マラソン』というものがあるじゃろ?マラソンは走りながら水分補給するじゃろ。それは中国大返しが元になっておるとわしは思う」

多分違います。

もしかしてパクリです?

最後は超級問題。「太閤」という言葉だけでセリフを表現します。

【手掛かりその1】
「はっ、はぁっ…!太閤!」

なんと、セリフは”太閤”のみ。言い方だけで想像しなければなりません。
そこへ一之助が進言します。
「失礼ながら申し上げます。わしの企画『ぎおん祭り』に似とるような気が…」

「ぎおん祭り」とは、歴史上の出来事を一之助が”メラメラ””パカラッパカラッ”などの擬音だけで表現し、それを武将に当ててもらうという企画。
しかも、セリフの部分は”わっしょい”という言葉に置き換えます。あれ?同じですね…。

しかしそこは強大なる戦国時代の上下関係により、主張は押し返されてしまうのでした。
気を取り直して一之助が挑戦します。

秀吉「はっ、はぁっ…!たいこう!」
一之助「たいこう!」
秀吉「それじゃわからんて!」
ブブーッ。

太閤という言葉だけでやり合うと思ってしまった一之助。それでは永遠に終わりません。答えは普通の日本語でお願いします。

【手掛かりその2】
「たいっ、たいたいこう、たいっ、たいこぉーっ!」

この難問に挑むは清正。
「金ヶ崎の退き口、一世一代の大勝負じゃーっ!」

秀吉「よくやっ太閤ぉーっ!」
ピンポンピンポン!

あくまでも別物です

では、手掛かりを翻訳しましょう。

その1は「はっ、はぁっ…!わしが行きます!」
これは信長を無事に撤退させるため、部隊の一番後ろで敵を食い止める役目の「殿(しんがり)」に、秀吉が立候補した時のセリフ。自分を盾にするため生存率は極めて低く、勇気がいる行為なのです。

その2は「(敵の軍勢に怯えて)なっ、何てことじゃ!(しかし自らを鼓舞して)ううっ、うおぉーっ!」

ちなみに用意していた手掛かりその3は「たたたたいたいっ、たいこぉーっ、たいこおぉーっ!」
翻訳すると「かかか、必ず、撤退するぞぉーっ!」

ちなみに”一之助語”に訳すと「わわわわっしょい、わっしょーい、わっしょぉーいっ!」

…これ以上掘り下げるのはやめておきましょう。
(岡戸孝宏)

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