2018年1月9日(火)

ザ・タイガースの森本太郎が語る、あのヒット曲の裏側

小堀勝啓の新栄トークジャンボリー / エンタメ

グループサウンズの代表格、ザ・タイガースの森本太郎さんが、1月7日放送の『小堀勝啓の新栄トークジャンボリー』に出演しました。

ほぼ毎年のように登場する森本さんですが、今回は珍しくヒットの裏話に話が及び、パーソナリティの小堀勝啓も興味津々でした。

ザ・タイガース基礎知識

ザ・タイガースの前身は京都でできたザ・ファニーズ。
メンバーは森本太郎(タロー)、瞳みのる(ピー)、岸部修三(サリー 現・岸部一徳)、加橋かつみ(トッポ)。さらに沢田研二(ジュリー)が加わり大阪のジャズ喫茶「ナンバ一番」での活動を経て上京。1967年にザ・タイガースとしてデビューしました。

デビュー曲は「僕のマリー」。「モナリザの微笑み」「君だけに愛を」「花の首飾り/銀河のロマンス」「青い鳥」、80年代にも「色つきの女でいてくれよ」などのヒット曲があります。

1969年、加橋かつみが脱退。代わりに岸部の弟、岸部シローが加入。1971年武道館コンサートを最後に解散します。その10年後、1981年に「同窓会」として再結成し、「色つきの女でいてくれよ」が大ヒットしました。その後も、森本太郎、沢田研二のツアーなどでメンバーが揃うことがありました。

まだまだビンビン

森本さんは一昨年2016年に70歳、古希を迎えました。

「あっという間ですね。まさかこの年まで、ギター弾くとは思わなかったですね」

大阪でファニーズとして活動していて、1966年上京。タイガースでメジャーデビューするや大人気になりました。

その時はいくつぐらいまでやるとか、全体のビジョンはなかったんですか?

「それは考えてない。いずれにしても、あの時代は社会的には55歳が定年でしょ?だから65といったら生きてるかどうかわからない、ヨボヨボのジジイというイメージがあったんですよ。そしたら自分もジュリーもビンビンで元気だしねえ」

さらに上の世代にはあのポール・マッカートニー、日本だと加山雄三さんがいます。

「加山さんのあの元気さにはまいっちゃいますね。加山さんと会った時にね、よし、80までは頑張ろうかな、という気持ちにはなったんですよ」と言う森本太郎さん。

「お会いして、あ、いけるわ、と思いました。髪に白いのが混じっただけでほどんど変わらないから」と小堀勝啓です。

デビュー50周年

デビュー50周年記念森本太郎ソングコレクションアルバムが、去年リリースされました。タイトルは『青い鳥』で2枚組全36曲。
1枚目はタイガース「青い鳥」から始まって18曲。2枚目もタイガース「色つきの女でいてくれよ」で始まって18曲。作曲家としての活動もすごいです。

「調べたら100曲近く作曲してるんだけども、36曲、僕が絞り込んだんですよ。 スタッフが年代順に並べて、半分にしたら、偶然二枚組の頭が大ヒット曲になったんです」

年代順に並んでいるので、音作りやアレンジの仕方が少しづつ変わっていく流れが感じられる構成になっています。

「青い鳥」のヒントはあの有名曲

「青い鳥」は森本さんにとってプロの作曲家としてのデビュー曲です。アルバム『ヒューマン・ルネッサンス』に収録されています。

「シングルとはまたちょっと違うんですよね。アルバム収録の『青い鳥』は僕が歌わしてもらったんですよ。シングルはジュリー(沢田研二)が歌って」

ライナーを見ると、イメージとしてはサイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」の3声ハモリに影響されたとか。

「あれがヒントですよね。あの時は、アルバム作るから、作曲しろよってマネージャーから言われたんです」

最初は自分に作曲はできないものだと思い込んでいたという森本さん。

「あの時代は、曲は作詞家、作曲家の先生から頂くものだというのが、僕らの中では常識だったから。それでダメだったらダメでいいんだから、チャレンジしろと言われて、できたのが『青い鳥』だったんです」

作曲家も納得のイントロ

「しかもギタリストだから、イントロがツインで入って、あれがカッコよかった」と小堀。

「それはよく言われるけど、あの時はね、とにかくギター1本で、カセットテープに入れて、イントロも自分で考えて入れたんですよ。
それが作曲家のすぎやまこういち先生に行ったわけ。そしたら、すぎやま先生から電話があって、『タロー、あのイントロはいただくよ』と言って、こっちは『ええっ?いいんですか?あんなんで』ですよ」

競作だったあのヒット曲

「色つきの女でいてくれよ」は、タイガースが解散して、10年目の同窓会コンサートの時に作られた曲。作詞はあの阿久悠さんでした。

「コマーシャルの話があって、それで、この阿久先生の詞をマネージャーから順番にジュリー(沢田研二)とトッポ(加橋かつみ)と僕に、一枚ずつくれたんですよ。みんなで作ってくれという競作だったんです。
トッポは曲が作れなくて、僕の曲かジュリーの曲かで、僕の曲がコマーシャルソングに採用されたんですよ。あの時は、スタッフはジュリーに対する忖度はなかったんですね。だけど沢田の曲も良いと思ったけどね」

タイガース時代から控えめ

CDの曲目には、意外な曲もありました。

「タイガース以外に、いろんな人に曲を提供してるのは知ってたんだけど、当時の大アイドル少女、吉沢京子ちゃんのデビュー曲『幸せって何?』。こんなの書くんですね」と感心する小堀。

「いやあ、なんか頼まれて。しかも作詞は岩谷時子先生でしょ。凄い作詞家の先生と作ったんですよね」と森本さん。

「森本太郎さんが作ったと知らないで聴いていました。あれ、俺がやったんだ、って言う人いるじゃないですか?タローさんももっと言えばいいのに」と小堀。

「タイガースの時の僕のポジションは、後ろに引っ込むポジションですから。前に出るのは沢田じゃないですか。ちょっと出たがりがトッポ(加橋かつみ)。ピー(瞳みのる)は、残念ながら後ろでやってたんですが、出たがりなんですよ。で、僕とサリー(岸部一徳)は厳かに後ろの方の両サイドで構えてた」

古希ライブでサプライズ

70歳の時に行ったバースデーライブが『森本タロー古希ライブ』DVDとして発売されています。
これにはファン垂涎の映像が収められています。岸部シローさんを除くタイガースの面々がステージに勢揃いしました。

「客席で、みんな、観に来てくれたんですよ。で、みんなステージに上がってくれて、それでタイガースが5人並んだんですよ。そこで、ちょっとやろうかっていうことで、2曲演奏したんですよ。『青い鳥』と『色つきの女でいてくれよ』。お客さんはもの凄い喜びました」

この後は77歳の喜寿ライブ、80歳の傘寿ライブが控えています。まずはファン共々健康第一で。
(尾関)

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