2017年12月12日(火)

ミスチル桜井和寿×ダイノジ大谷ノブ彦 夢の対談(前編・2人の出会い)

大谷ノブ彦のキスころ / エンタメ

ダイノジ・大谷ノブ彦が音楽、映画、名古屋のグルメ、和菓子、中日ドラゴンズなど、好きなものをアツく語る番組『大谷ノブ彦のキスころ』。

12/10の放送ではなんと、Mr.Childrenのボーカル、桜井和寿さんがゲスト出演しました。
桜井さんがAMラジオに出るのは本当に珍しいこと。なぜこのようなことが実現したかというと、桜井さんから「ぜひ出たい」というオファーがあったからなのでした。

交流のきっかけ

虎の顔が施されたロングスリーブTシャツを着て桜井さんが登場。このロンT、実はダイノジがDJイベントをする時の名義「DJダイノジ」のグッズなのです。

桜井さんと大谷との馴れ初めはこうです。
桜井さんがGAKU-MCさんと組んだ「ウカスカジー」というユニットがあります。ある時、そのウカスカジーやゲスの極み乙女、キマグレンが出演したライブイベントの、アフターパーティーにDJダイノジが呼ばれたのです。

そこで変な振付やエアギターなどを交えて盛り上げていたところ、気付いたら桜井さんを始め各バンドのメンバーも踊っていて大谷は驚いたんだそう。
出番が終わりステージから戻った瞬間、桜井さんからハグされた大谷。
「音楽の楽しみ方で、これ絶対一番正しい!」と言ってもらえたんだとか。

それまでは「芸人のくせにDJなんて」と周囲から叩かれたりもしていた大谷は、桜井さんに認めてもらえたことが嬉しくて、トイレでひっそり泣いたのでした。

その後はウカスカジーの曲「HAPPY HOUR」の振付を、DJダイノジが担当。ライブツアーにも参加するなど、桜井さんと大谷とは交流を深めていくのでした。
その際、桜井さんやスタッフがみんなDJダイノジのロンTを気に入って買ったのです。

観客との関係

桜井さんが当時の心境を語ります。

「DJダイノジのパフォーマンスを見て、いろんなものを教えられた。DJダイノジは曲も作んないし詞も作んないし演奏もしていないわけですよ。だけど、あんだけ曲を伝えられる。お客さんを楽しませられる。じゃあ俺らは曲も作ってるし詞も作ってるし楽器も演奏してるけど、あのダイノジほど伝えられてるか?ってちょっと思っちゃった」

「過大評価ですねー!」と恐縮する大谷。
お返しに、その後のミスチルのライブで痛感した、ミスチルの音楽の奥深さを桜井さんに伝えます。

「客席で、父親と母親が息子さんに、ミスチルと出会った話をしてるんですよ。それがメチャクチャいいなあと思って。あと後ろにカップルがいたんです。男の方は多分すごくミスチルが好きなんですよ。めっちゃしゃべって説明してるんですけど、女の方は素っ気ない、ムリヤリ連れてこられた感があって」

「その女の人がわかりやすくて。シングルの有名な曲になると立ち上がるんですよ。知らない曲になると座るんで、男の人が何とか立ってもらうように説得するんです(笑)」

そういう姿を見て、様々な人たちのいろんな場面に寄り添ってきたバンドなんだなあと、大谷は改めて思ったのでした。

観客の話つながりで。
桜井さんは、昔はそんなにお客さんに「ありがとう」とか言わなかったらしい…そんな話を聞いたことがある大谷は、本人に真意を確かめます。

「まあ、MCとかも嫌いだったし。自分が一生懸命やることしか頭になかったから。あと、お客さんの反応によって自分のパフォーマンスが違うなんて、プロとしてあるまじきことだと思ってたから、昔は。
だけど今はもう、やっぱりライブというのはその時々の呼吸、お客さんの空気とかに寄り添ったり、突き放したりして、お客さんとコミュニケーションを取りながらやるのが楽しいんだけど」と桜井さん。

「1回1回全部違うというのがいいんでしょうね。そのしゃべりとか風景が全部、曲のエッセンスになってより味わい深いものにしてる」と大谷は呼応するのでした。

珍しいホールツアー

12/20に、ライブ&ドキュメンタリーDVD・ブルーレイ『Mr.Children、ヒカリノアトリエで虹の絵を描く』がリリースされます。
普通のライブビデオ作品ではなく、全国ホールツアー舞台裏の生々しい映像を取り入れたドキュメンタリータッチになっています。

大谷「結構、若手の時ホールツアーってやってないんですよね」
桜井さん「やってないんですよ」
大谷「すぐ売れちゃったから」
桜井さん「そう、すぐ売れちゃったから(笑)」
大谷「自分で言うんじゃないよ(笑)」
桜井さん「ライブハウスでちょこちょこっとやってたんだけど、すぐ売れちゃったから(笑)」

ジョークも軽快です。

実は大谷、そのライブハウスでちょこちょこっとやってた頃に観に行っていたのだそう。
メジャーデビュー間もない1992年、新宿日清パワーステーションでした。

初耳だった桜井さん、「すごい。なんでそんなの観に行ったの?」と、まだ当時無名だった自分たちへのアプローチに興味津々です。

大学生だった大谷が、バイトに行く途中いつも立ち寄っていたCDショップがありました。ある時店内で流れていた曲に反応した大谷は「この、エルヴィス・コステロみたいな声の人は誰ですか?」と店員に聞き、ミスチルの存在を知ったのだとか。
その場で早速CDを買った大谷は「この人たちは絶対大きくなる。今ライブに行かないとダメだ!」と思ったんだそう。

それからもうあっという間です。翌年「CROSS ROAD」、翌々年は「innocent world」と急激な成長を遂げたミスチル。

観客3,000人クラスのホールを回る機会もあまりないまま、1万人以上のアリーナや5万人規模のドームツアーが中心となっていくのでした。

ホールツアーの背景

デビュー25周年を迎えるにあたり、改めてキャリアを積んでからのホールツアーをやろうということだったんでしょうか。
桜井さんが答えます。

「それもあったし、『ミュージックステーション』でB’zの稲葉浩志さんとたまたま話す機会があって。
『B’zさんってドームツアーと、ホールツアーを交互にやってるんですね』と話したら、『そうですよ。ミスチルも多分やったら喜ばれると思いますよ。ぜひやった方がいいと思います』と稲葉さんに勧められて」

そういう経緯があったんですね。

さて、このライブ&ドキュメンタリーには、打ち合わせの風景も収録されています。そこではギターの田原健一さんがことのほかしゃべっているのに大谷は驚いたと言います。

桜井さん「結構しゃべるんですよ。まあ、しゃべってるところが使われるからなんですけど。でもしゃべる時は結構重要なことをしゃべるんですね」

大谷「なんかボソボソッとしゃべるかと思ったらハッキリしゃべってるんで。リーダー感すごいですもん」

桜井さん「アッハッハッハ。そうですよね。そういうリーダーっぽいところありますよ。僕の意見なんか全然通りませんからね。
僕のアイデアで『終わりなき旅』の歌詞を英語詞にして、ロックTシャツみたいにして、ツアーグッズで売りたいと。で、結構いろんな人の手を借りて作ってもらったんで、俺はすごい気に入ってた。なんだけど、田原が『あまり気に入らない』と」

大谷「えーっ、それで売らなかったの!?」
桜井さん「そりゃそうですよ。4人全員がいいって言わないと」
大谷「超民主主義だ(笑)」

ミスチルは決してワンマンバンドではないのでした。
(岡戸孝宏)

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