2017年10月17日(火)

バンドネオン奏者・小松亮太がジブリ楽曲をカバーした真摯な理由。

小堀勝啓の新栄トークジャンボリー / エンタメ

バンドネオン奏者の小松亮太さんが、10/15放送の『新栄トークジャンボリー』に出演しました。

「バンドネオンの貴公子」の異名をとる小松さんに楽器の基礎知識から、先月27日にリリースされた新作『天空のバンドネオン~タンゴでスタジオジブリ~』の録音秘話まで、小堀勝啓が伺います。

タンゴにはバンドネオン

タンゴで使われるイメージの強いバンドネオン、実はドイツ生まれの楽器なのです。
それが、とてもタンゴの世界観に合うということで、90年ぐらい前からタンゴの世界の主役になっているそうです。

「アルゼンチンのブエノスアイレスは首都ですけど、昔は南米のパリって言われてました。凄くヨーロピアンな感じと、南米のちょっとダーティなところが混じって、そこに、このバンドネオンという楽器は合いますね」

バンドネオンはこんな楽器

音を鳴らす原理も形も、そして出てくる音も似ているバンドネオンとアコーディオン。

形でいえば、バンドネオンはアコーディオンの二回りぐらい小さくて正方形。
そして右手に鍵盤がくるようになっているアコーディオンは、反対の左側にボタンが付いているのに対し、バンドネオンには両側にボタンがあります。小松さんによれば、バンドネオンは「息をしている」といいます。

「ドレミファの音を出すわけじゃないんだけど、蛇腹を動かしてスーハー、スーハーできるんです。これが息遣いに繋がっているんですね」

他にスーハー、スーハーする楽器はそんなにはありません。しかも美しいです。

「螺鈿細工です。しかもワシントン条約前に作られたものなので、象牙がふんだんに使われています。ボタンが象牙ですね」

自慢できる?バンドネオン豆知識

アコーディオンをオルガンに例えると、バンドネオンはハーモニカみたいなイメージ?と尋ねる小堀。

「元々、アコーディオンとハーモニカを作ってる会社の人が、新製品として何か新しい楽器を開発したいって言い出して、それでこのバンドネオンが生まれたんです。
ハインリヒ・バンドって言うドイツ人が作りました。バンドさんが作ったアコーディオンみたいな楽器だから『バンドネオン』っていう名前にしちゃったんです」

知っておいて損はない豆知識です。

マイナー楽器ゆえのせつない思い出

今でこそ日本でも知られているバンドネオンですが、小松さんが活動を始めた頃は、ほとんど知られていなかったようです。

「ジャズ系のライブハウスに電話かけるんですが、『バンドネオンを弾いてるものなんですけど、タンゴなんですが出演させてくれませんか?』って言うと、まず言われたのが『バンドネオンって何ですか?』なんです」

一番印象に残ってるのが22歳ぐらいの時、自分の名刺を作った時。文房具屋さんに「バンドネオン小松亮太」と頼んだのですが、出来たものは「バンド・ネオン小松亮太」の文字。

「何か革製品のバンドと、ピカピカ光るネオンサインの業者の人だと思われたらしいんです。出来上がっちゃったし、すごすごと何も言わず持って帰りました。で、『バンド・ネオン』の真ん中の『・』を修正ペンで全部消しながら、切なかったですよね」

まるで藤沢嵐子の孫?

昭和20年代後半から30年代(1950年代)、日本にタンゴブームがあり、「タンゴの女王」と呼ばれた藤沢嵐子さんというスターがいました。中南米やアルゼンチンへも演奏旅行にでかけ、特にアルゼンチンでは人気が出ました。
小松さんは、その藤沢嵐子さんと一緒にステージをやったことがあるそうです。

「僕のおばあちゃんと嵐子さんが同じ年だったんで、ちょうど孫なんですよ。僕が高校1年から高校3年の間、よく一緒に伴奏させていただいて。嵐子さんは、その時まだ60代だったんです。
1991年、66歳ぐらいで引退したのかな。『今日をもって私は音楽生活を辞める』って言って、新潟の方にご隠居なさって。しばらく連絡してなかったんですが、2004年に新潟中越地震があったでしょ。さすがにあの時、心配になって手紙を書いたんです」

すると藤沢さんからすぐに返事が届き、「ちょっと会おうよ」ということに。

「嵐子さんは久しぶりに会う気がしてたんですけど、嵐子さんは、僕が出てる番組とかチェックしてて、全然、久しぶりな感じじゃなかったみたいで。そこから、新潟に行くたびに会っていろいろ話をして、とてもとても楽しかったんですけど、2013年の夏に88歳で亡くなりました」

タンゴでジブリに挑戦

話題は先月発売されたニューアルバム『天空のバンドネオン~タンゴでスタジオジブリ~』に移ります。
宮崎アニメの世界を、いろんな人とコラボしながら作ったアルバムです。

「タンゴから見たジブリであるし、ジブリの音楽がタンゴになったらどうなるのか?っていう実験的要素もあるし、って言うアルバムにしてみたんです」

言うまでもなく、スタジオジブリ作品の楽曲は、世界中のこどもたちに聴かれています。

「そのお子さんの親御さんも見てるという感じで、もう世代と国境を超えてるものですよね。もしもジブリの音楽がタンゴになったら、世界中の人が、一気にタンゴに近づいてくれる起爆剤になるんじゃないかと思ったんです」

必然性のあるカバー

激しくてセクシーで、情熱的で黒くて、いわゆる赤くて黒くてみたいなところがある小松亮太ワールドと、パステルカラーのジブリの世界が、もの凄くマッチしているとベタ褒めの小堀。

「この企画が持ち上がった時に、とにかく一曲アレンジしてみようと思ってトライしたのが『君をのせて』。結構アレンジうまくいったなと思って。これはもう行けると思いました」

ところが、編曲したまでは良かったのに、演奏してみたら難しいことに気づいた小松さん。

「タンゴじゃない曲を、タンゴっぽく弾くというところで、最初は躊躇があったんですけれども、だんだん慣れてきて、こんな演奏で収録できました」

そもそもカバーについて「必然性のないカバーって、僕は一番やりたくないんですよね」と語る小松さん。

「奇をてらって、この音楽をタンゴにしちゃったよ、なんか面白可笑しいでしょ?っていうのじゃなくて、これは音楽的に必然性があった、タンゴにする必要があった、と言い切れる感じにしたかったんです。そういう意味では、このアレンジ、とっても自分でも気に入ってますね」

アルゼンチンタンゴのアレンジの手法で作られたこのアルバム、タンゴとジブリ作品の両方へのリスペクトがあったからこその出来です。

才人が集まったアルバム

『天空のバンドネオン~タンゴでスタジオジブリ~』にはゲストボーカルとしてクミコさん、坂本美雨さん、元THE BOOMの宮沢和史さんが参加しています。

「クミコさんは元々、バンドネオンが好きな方で、僕のコンサートとかもチケットを買ってくれてたんです。坂本美雨さんは、もう何度もラジオで共演させていただいてます。
宮沢さんはブラジルの音楽に詳しい方で、ブラジルに行った時、ついでにアルゼンチンに寄って、タンゴミュージシャンとレコーディングしたり、そういうご経験もあるんですよ」

『紅の豚』の「時には昔の話を」。映画では加藤登紀子さんが歌っていますが、本作では男声で宮沢さんが歌っており、世界がガラっと変わっています。

「歌詞の内容が、完全に大人の男が学生時代を振り返る内容なので、これは男性に歌ってもらうのがいいなって思ったんですよね」

小松さんはアーティストでミュージシャンでもありますが、プロデューサーとしても凄いものがあります。

10月24日(火曜日)、名古屋ブルーノート(名古屋市中区)で小松さんのコンサートがあります。2ステージ制で、ファーストが6時半開演。セカンドが9時15分開演です。本作で披露したジブリの曲からタンゴの名曲まで、バンドネオンの世界をたっぷり楽しめますよ。
(尾関)

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