昭和世代は思わず「懐かしい!」と声をあげるテレビの話

ドラ魂キング / トーク

テレビが生まれて60年以上経ちましたが、今やネット配信によりどこでもスマホで番組が観られる時代となり、テレビとの付き合い方も大きく変わってきています。

7月16日放送『ドラ魂キング』のメッセージテーマは、「わが家のテレビ事情」。
パーソナリティーの高田寛之アナウンサーが、家に初めてテレビが来た時の話をしたところ、テレビそのものに関する懐かしい話のおたよりが番組宛てに続々と届きました。
ここでは、そのおたよりの一部を取り上げます。

リモコン付きテレビへの憧れ

まずは、まだリモコンがなく、チャンネルもツマミで替えていた頃の話。

昭和30年代、40年代前半生まれの方は「そういえば昔、あったあった!」と共感するでしょうし、平成生まれの方は「昔のテレビってそうだったんだ!」と思われるかもしれません。
本文:
「16歳で実家を出るまで、とうとうリモコン付きのテレビは導入されませんでした。リモコンが無かったので、3つ上の姉に"チャンネルを替えろ"と命令されていました」(Aさん)

高田アナ「リモコンも最初のうち有線だったから。有線だとなくすことはないけど」

「線がついていて、リモコンの意味あるの?」と言われそうですが、昔はテレビの本体にチャンネルを替えるダイヤルやボタンが付いていたので、たとえ線でつながっていたとしても、手元でチャンネルが替えられるのが画期的だったのです。

テレビゲームのコントローラーのような感じと書くつもりでしたが、コントローラーも今やとっくに無線になってますね…。

「小学生の頃に初めてわが家にカラーテレビがやって来て、それはもう感動しました。昔のテレビは今みたいに薄っぺらくなく、応接間のサイドボードのような木製のテレビでした。価格も結構しました。父親も苦労したんだと思いました」(Bさん)

戸井康成「なんか訳のわからん布とか、上からかぶせとったもんな」

石坂窓花「ドラマで見たことある」

高田アナ「なんかピアノと同じような感じで」

昔のテレビはかなり奥行きがあって、リビングの中心に据えて家具のように扱っていました。

今は薄型になって上に物を置くことはできないため、鮭をくわえた木彫りの熊を置く場所もありません。
 
昔のテレビあるあるでよく言われるのは、「テレビの映りが悪くなったら、たたくと直る」というもの。

「昭和40年頃、自営業で羽振りがよかったわが家。父がいち早く、近所で第1号のカラーテレビを買いました。当時、小学校の同級生からはうらやましがられました。たたくと反応するという話がありましたが、その頃のテレビは真空管を多用していて、接触が時々悪く、たたくと通電するからみたいですね。

テレビのスイッチを入れて10分ほどは画面が横方向にうねって、アナウンサーがビックリハウス(鏡にうつった姿がゆがんだ形になる遊園地などのアトラクション)のようになって、テレビが温まるまでがまんしていたのを覚えています」(Cさん)

そして、話はカラーテレビよりも前の白黒テレビの話にまで及びます。

「私が物心ついた時は、まだ白黒テレビでした。後にカラーテレビが発売された頃、すぐにカラーテレビが買えなかったわが家で父親が買ってきたのは、白黒テレビのブラウン管の前に立てる紫色がかったプラスチックのプレート。
"これを付けるとカラーテレビになる!"といったものでしたが、ただの紫色にしか見えませんでした…」(Dさん)

今だったら、星1個のレビューが多発して、ネットで大炎上するような商品ですが、昔は怪しい商品が時々ありました。

そう考えてみると、テレビ1つ取ってみても隔世の感がありますね。
(岡本)
 
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2019年07月16日16時40分~抜粋

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