2017年5月28日(日)

【コラム】民放ラジオ番組の変遷(番外編)

RadiChubuスペシャル / カルチャー

主にAM局の番組がどのように変化してきたのか、CBCラジオの歴史を織り込みながら振り返っています。
・第1回 黎明期のラジオ番組
・第2回 深夜番組とパーソナリティ
・第3回 電リク・ワイド番組の登場
・第4回 ラジオと声優ブーム
・第5回 ラジオと女子大生ブーム
・第6回 ラジオカーとレポーターの登場

今回は番外編として、CBCラジオのとあるパーソナリティにスポットを当てます。

あの雑誌にあのパーソナリティが登場

創刊から37年となる月刊誌『ラジオライフ』(三才ブックス)。当初はラジオ番組表やパーソナリティ紹介などが中心だったそうですが、今や特集記事に「裏」という字を見ない号はない、と言っても過言ではないほどアンダーグラウンドひと筋の骨太雑誌です。

もちろん無線ハード情報や電子工作など、理系少年のテンションが上がる記事に混じってラジオ番組も紹介されています。
誌面のページ数は多くなくとも、毎号必ず全国のラジオ番組やパーソナリティが取り上げられる貴重な月刊誌です。

5/25に発売された『ラジオライフ』2017年7月号では、このCBCラジオからベテランパーソナリティの多田しげおが登場、巻頭4ページのインタビュー記事が掲載されています。

多田ただ一人

実は多田しげお、入社から退職までの会社員人生をアナウンサーひと筋で通した人物。
スポーツアナや報道アナはスポーツ部や報道部配属ということもありますが、アナウンス部(時期によってはアナウンス室)から一度も異動した経験のないアナウンサーは多田のみです。

ちなみに1年後輩の小堀勝啓は、入社時は報道部に配属され、記者として放送キャリアをスタートさせています。

多田は入社した1972年からラジオ番組を担当、入社2年目には当時の人気ワイド『ばつぐんジョッキー』のアシスタント入りを果たしています。
49歳の時にスタートした『多田しげおの気分爽快!!朝からP・O・N』は退職後の現在も継続しており、パーソナリティ人生は今年で45周年ということになります。

情報番組のパーソナリティ

もともとジャーナルの世界に興味を持っていた多田が、30代以降担当したほとんどの番組が情報ワイドです。
CBCラジオ初の平日夕方ワイド『多田しげおのそれ行け!にっこりワイド』(80年)、11時間の日本最長のラジオ番組と言われた『多田しげおのまるっと土曜日』(95年)は、いずれも生活情報が中心でした。

80年代に深夜番組を担当して全国に名を轟かせた小堀や、スポーツ中継で全国ネット放送にも顔を売った久野誠アナ(多田の3年後輩)とは対照的に、情報番組に精力を傾けてきた多田しげおは、制作者気質を持ち合わせていました。

つボイノリオも困惑する両刀遣い

ちなみに多田は、フォークシンガー出身のラジオパーソナリティ、つボイノリオとは同い歳です。

1974年、つボイは25歳にして当時の人気電リク番組『土曜天国』のメイン司会者を中島公司アナから引き継ぎます。
佐野喜多男ディレクターから「次のパーソナリティは多田に決めている。彼なら間違いない!で、お前やってみる気ないか?」という謎かけのような依頼を受けています。

これは、中島アナが培ってきた番組の方向性を変える策だったのですが、裏を返せば多田しげおの傑出ぶりを物語るエピソードでもあります。

しかし「情報番組のメインパーソナリティ」という役どころを離れてマイクを前にした時の多田は、あのつボイですらコントロール不能なほど、大変気ままなトークマシンと化すことがあります。この記事のように
こうしたキャラクターの使い分けができることも、唯一無二の存在と言えるでしょう。

前述の『ラジオライフ』インタビューでは、情報番組路線の集大成とも言える『多田しげおの気分爽快!!朝からP・O・N』に対する多田の思い、あるいはラジオ番組への関わり方など、まずオンエアで聴くことのできない貴重な内容が語られています。

ちなみに同号では、この番組情報サイト”RadiChubu”についても記事が書かれています。是非お読みください。
(編集部)

※文中敬称略

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