2017年5月10日(水)

人類の進歩のバロメーター?奥深きアイスクリームの歴史

多田しげおの気分爽快!! / カルチャー

5月9日は「アイスクリームの日」。石塚元章の月曜コラムでは、CBC論説室長の石塚元章がアイスクリームを取り上げました。

細かいことを言うと乳成分の量で、アイスクリームという言い方をしてはいけないものがありますが、今回のテーマでは「いわゆるアイスクリーム」という前提で進めます。

いろんな議論ができる食べ物

アイスクリーム業界が1964年、東京オリンピックの年の5月9日に、福祉施設などにアイスクリームをプレゼントしたり、ホテルでアイスクリームのPRイベントなどをしました。以降この日、5月9日を「アイスクリームの日」としたそうです。

様々なフレーバーの中で多田はバニラ、アシスタント桐生は抹茶系がお気に入りだそうです。

実は業界団体が「アイスクリーム白書」というのを毎年出していて、複数回答の人気調査ではバニラが圧倒的で80%近くの支持を得ています。2位チョコレート、3位に抹茶と続きます。
4位はストロベリーが定番でしたが、最新の情報によると、クッキー&クリームが浮上しているそうです。

「あれは、普通のお菓子っぽくなってきて、アイスクリームとは違う気がする。ここがおっちゃんのアレかも知れんけど、普通のバニラがTheアイスクリームという感じで一番おいしいと思う」と多田が語り出します。

「このように、アイスクリームはいろいろ議論ができる食べ物なんです」と石塚室長。

冷たいものを食べたいという欲求

「アイスクリームという食べ物は人類の欲求と、技術の進歩と、社会の変化と、それらをすべての変化を表すバロメーター」と力説する石塚室長。

暑い時に冷たいものが食べたい、という欲求に答えてくれるのがアイスクリーム。ローマ時代だと、力のある人は、雪山から雪を家来に運ばせて、それにミルクやワインを混ぜたりして食べたそうです。

冷たいものを食べたいという欲求を可能にするため冷蔵、冷凍技術が開発されます。
家庭に冷凍庫が普及したことで、買って来て家に保存して置いておける。売る方も、いつでも売ることができる。コンビニに行けばすぐ買えます。

また、冷暖房器具の発達で、夏は冷房。冬は暖房。夏冬関係なく家の中でアイスクリームを食べることができます。

「このように人類の欲求と技術の進歩と、それによって文化、団らんの形が変わってきた。その象徴がアイスクリームなんです」と熱く語る石塚室長。

「我々の子供の頃、アイスクリームは夏しか売ってなかった。それが通年売るようになってきて、今は冬場の暖かい部屋で食べるのはごく当たり前。むしろ冬が良いという人がいるぐらい」と感慨深く語る多田しげお、昭和24年(1949年)生まれです。

「お煎餅や饅頭ではこういう会話はできないでしょ?」と石塚室長。

アメリカの禁酒法が発展を後押し

アイスクリームが一番発展したのはアメリカだと言われています。
これにはふたつの説があり、ひとつはクリームがたまたま余った業者が「どうしよう?じゃ、アイスクリームにしてみるか」で、アイスクリームができたという説。

もうひとつは、こんな説です。
禁酒法の時代。1920~1933年。この間に困った人たちがいます。ビールを作っていたメーカーです。
ビール会社は、モノを冷やす技術と販売ルートを持っていました。そこで、当時のビール会社の多くがアイスクリームを作ったそうです。
アメリカでアイスクリームの量産が始まった背景には禁酒法があったんですね。

日本にはいつ頃入ってきたの?

明治2年(1869年)6月に町田房蔵という人が、横浜でアイスクリームを売り始めたのが最初だそうです。
渡米してマッチやせっけんの作り方などを覚えて帰ってきた人で、「あいすくりん」と名付けていました。なんとなく懐かしい響きです。

日本で工業化されたのは大正時代のこと。

「ビジネスとしてアイスクリームを大量生産するようになった会社を調べてくと、面白いのは、今でいう森永乳業、明治乳業、雪印乳業それぞれの前身、あるいは系列の会社が、全部、大正時代にアイスクリームを作り始めてるというのもちょっと象徴的ですね。
こんなに歴史があって、社会を分析できる、本当に身近な食べ物ってなかなかないんじゃないでしょうか」

と語る石塚室長でした。
(尾関)

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