2017年5月7日(日)

【コラム】民放ラジオ番組の変遷(4)

RadiChubuスペシャル / カルチャー

主にAM局の番組がどのように変化してきたのか、CBCラジオの歴史を織り込みながら振り返っています。
第1回はこちらから、第2回はこちらから、第3回はこちらからお読みください。

深夜番組ブームの沈静化

第2回で深夜番組ブームについて書きましたが、音楽の潮流がフォークからニューミュージック、歌謡曲へと変化する70年代中盤にはいったんブームが落ち着きます。

1950年代後半生まれを指す「しらけ世代」という言葉に代表されるように、若者の価値観やライフスタイルがわずか2、3年の間に変わってしまったことも一因のようです。

深夜番組の雄とも言われた『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)でも、その人気に陰りが出ます。1973年にはテコ入れ策として、パーソナリティを局アナからタレントに切り替えました。そして翌年から2部制を取り入れるようになります。

その背景には、タレントに対してアナウンサーのように4時間に渡りトークをさせることが、技術的にも体力的にも難しかったということがあったようですが、いずれにしても深夜番組枠が増えたことで慢性的なパーソナリティ不足となり、各局はあらゆるジャンルから新たな話し手を発掘し始めます。

こうした中から新たな深夜番組ブームへの土台作りが始まるのです。

色物パーソナリティの台頭

ブームが沈静化したとは言え、深夜番組には笑いの要素がますます高まってきます。特にこの時期から人気を集めたのが、笑福亭鶴光などの若手落語家、あのねのね、所ジョージらのコミックシンガー、そしてタモリというこれまでの芸能界の常識ではカテゴライズできない面々でした。

特に笑福亭鶴光は土曜深夜という夜更かしには絶好の時間帯で、エロを前面に強烈な個性を発揮します。一方で鶴光は『オールナイトニッポン』では、技術的にも体力的にもきついとされた4時間のオンエアを任されています。それだけ話術にも長けた有能なパーソナリティだったと言えるでしょう。

この頃は番組へのおたよりにも変化があり、恋の悩みやパーソナリティへの質問からネタコーナーへの投稿にシフトしていきます。
前述のタレントたちの番組の多くは、こうしたネタ投稿によって人気を加速させました。

それに伴い、採用率の高い著名な常連投稿者も続々と登場し、放送作家として番組制作に携わる者も現れます。
現在も耳にする「ハガキ職人」という言葉が登場するのは、81年開始の『ビートたけしのオールナイトニッポン』が最初と言われています。

つボイノリオの全国進出とその背景

CBCラジオとゆかりの深いつボイノリオも、1977年秋の改編で『オールナイトニッポン』を担当します。
当時のつボイはヤングジャパン(現在のアップフロントグループの土台となった芸能事務所)に所属し、『おはよう!こどもショー』(日本テレビ)などキー局でのレギュラー番組に加え、名古屋で『土曜天国』(CBCラジオ)を掛け持ちするなど、多忙を極めていました。

つボイの『オールナイトニッポン』は、当初は電リク(電話リクエスト)がメインでしたが、やがてネタコーナーによって本来の魅力が開花し、パーソナリティそのものに人気が集まります。

ネタコーナーそのものは、70年代前半の岐阜放送でミキサー以外の全ての業務を担当したことによる、番組盛り上げのための苦肉の策だったそうですが、このことが京都時代や現在に至るまでの「おたよりをくれる皆さんが構成作家」という信念に繋がっているようです。

声優ブームのきっかけもラジオ?

一方で70年代の深夜番組には、新たなコンテンツとの融合が生まれ始めていました。

1974年放送のテレビアニメーション作品『宇宙戦艦ヤマト』(読売テレビ)を再編集した同名の劇場用映画が77年夏に公開されました。
作品の世界観や戦闘描写、細やかな人物設定など、大人の鑑賞にも耐え得る作品として高校生や大学生からの熱烈な支持を集め、全国に「アニメブーム」を巻き起こします。

同年12月の『オールナイトニッポン』では、本作を劇場版とほぼ同じ声優陣による4時間もの生ラジオドラマとして放送しました。

画のないアニメーションとも言えるこの試みは、数多くのヤマトファンをラジオへ呼び込むことに成功し、アニメ声優人気を業界内外に知らしめ「声優ブーム」という副産物まで生み出しました。

60年代までラジオで活躍していたのは、主に外国映画の吹き替え声優たちでしたが、この生ドラマをきっかけにアニメ声優が脚光を浴びるようになりました。
現在「アニラジ」と呼ばれる、声優番組のルーツと呼んでも過言ではないでしょう。

ちなみにCBCラジオでは、1979年から『キャンディ・キャンディ』などのアニメソングで知られる、歌手で声優の堀江美都子を起用した『ハローポピー!こちらミッチ放送局』を1979年から12年間に渡り放送していました。

こうした声優のラジオ番組は新たなラジオファンを生んでいくことになりますが、やがてアニメ界のメディアミックス戦略の一翼を担うことになり、出演作品や制作会社との連携を強めていくのです。
(編集部)

※文中敬称略
※画像は『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』が始まった1974年4月のCBCラジオ番組表です。

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