2017年4月24日(月)

学術調査?体当たり取材?女子大小路フィリピンパブ嬢の実態

北野誠のズバリサタデー / カルチャー

話題の本や人をとりあげる「ズバリこの人に聞きたい」では『フィリピンパブ嬢の社会学』の著者、中島弘象さんにお話を伺いました。

中島さんは中部大学大学院在学中に、在日フィリピン女性について研究しているゼミに入り、自らは、今までほとんど行われてこなかったフィリピンパブの学術調査に乗り出しました。
そして名古屋市中区にある、全国屈指のフィリピンパブ街で実態調査を行い、その際知り合ったフィリピンパブ嬢と付き合い結婚、現在に至ります。

中島さんが語る、フィリピンパブ嬢の現状とは?

フィリピンパブの学術調査?

中島さんが入った「在日フィリピン女性について研究しているゼミ」は、中島さん曰く「昔、エンターテイナーなどとして来日し、結婚して主婦になったり、また子供がいるものの、読み書きが分からない。そんなフィリピン女性の支援をしている」そうです。

そこで、中島さんは、フィリピンのおばさんたちの支援活動をしているうちに、彼女たちがどのように日本にやって来たのか興味を持ちました。
いろんな文献を読んでいくと、昔から日本にはフィリピンパブが多かったのですが、今はビザが規制されて、新しいフィリピン女性が徐々に減り、若い子はもういない、と書かれていました。

しかし、初めて先輩に連れて行ってもらったフィリピンパブに「もういない」と言われていた若い子達がいてショックを受けます。
初めての実地調査で絶滅動物を発見したほどの驚きだったのではないでしょうか。

早速中島さんは、どんな方法で彼女たち来てるのか調べますが、研究されていませんでした。ならば自分で、と本格的な調査に乗り出したそうです。

日本一「フィリピン」が飛び交う場所

中島さんの調査エリアは、名古屋栄の女子大小路。
女子大小路とは、栄とCBCを結ぶ広小路通りの南側、栄四丁目にある280メートルほどの通りの通称です。
現在名古屋東急ホテルが建っている場所に、中京女子短期大学(現・至学館大学短期大学部)があったことからこの名が付きました。

北野誠はいつもホテルに戻る時に、この近辺を通るそうで「フィリピンいかがですか。フィリピンまだ開いてるよ」とよく声をかけられるため、日本で一番「フィリピン」という単語を聞く場所ではないか、とのこと。
「10分で何回フィリピン言うねん」というほどの激しさだそうです。

実際、女子大小路の280メートルほどの通りだけで、どれくらいのお店があるんでしょう?中島さんが答えます。

「僕が実際、歩いてフィリピンパブだろうという店を数えただけで79軒あったので、100軒ぐらいはあるだろうという感じですね」

女子大小路とフィリピンパブ

中島さんによれば、1970~80年代の女子大小路には、日本人のスナックなどの夜の店が多くあったそうですが、バブルが崩壊して、景気が悪くなり、錦方面に客を奪われる形になりました。
必然的に、客足を追って錦(栄の北西に広がる歓楽街)に流れていきます。

そこで雑居ビルの空室を埋めるために家賃を安くして、外国人もOKにしたことで、次々とフィリピンパブが開店したそうです。

北野によると、例えば空いた雑居ビルに1軒フィリピンパブができると、アッというまに10軒ぐらいできる。なぜかというと、ひとつの雑居ビルが安い家賃で外国人でも借りられるという情報を聞きつけて、一気に入室するから。

雑居ビル一棟まるまるフィリピンパブになったら、今度は隣で中国パブでもやるか、と中国パブができたり。
これが水商売の基礎、ということでした。

フィリピンパブの起源はバンドマン

ことの起こりは1960~70年代頃に、フィリピン人の男性がディスコやクラブでバンドとして出稼ぎに来ていたこと。
出稼ぎ先のメインは米軍基地で、そのうちシンガーやダンサーとして女性が来るようになったそうです。

まさにベトナム戦争の真っ最中で、戦争に向かう米兵のためにバンドの需要が多くあったんですね。
当時はまだアメリカ占領下にあった沖縄でも、後にコンディショングリーンや紫などのバンドメンバーが米軍基地で演奏を始めています。

80年代は「ジャパゆきさん」ブーム

80年代、日本のバブル後半ぐらいから一気にフィリピン人の数が多くなってきます。
その理由は「日本で半年も働いて国に帰れば豪邸が建つ」という話を信じ、多くのフィリピン人女性がやって来たからです。いわゆる「ジャパゆきさん」です。

夢のような話とは違い、実態は風俗への流出、売春強要、給与未払い、不法滞在など問題が多数。人身売買の調査もされました。

この頃まで、フィリピンからは、芸能活動をするための「興行ビザ」を使って来日していたのですが、売春や人身売買目的が増えたため、日本政府はフィリピン人への興行ビザ発行を規制します。
フィリピンからの興行ビザでの来日人数は、規制前までは多い時で年間84,000~85,000人。現在は年間2,000~3,000人ほどで落ち着いています。

現在は「偽装結婚」が主流

しかし、中島さんがフィリピンパブ初体験で驚いたように、いなくなったはずの若いフィリピン女性が存在します。

彼女たちはどうやって来ているのか?もちろん観光ビザでは働けません。
中島さんの調査によれば、今は偽装結婚をして日本にやって来るパターンが多くなったそうです。

偽装結婚とは言え、法律上結婚は結婚。ですが、夫婦生活を築くのではなく、ビザを取ることを目的にした結婚なので偽装結婚と呼ばれています。
偽装結婚のメリットは長期滞在ができる。そして就労制限がないので、合法的に夜のお店で働けることです。

フィリピンパブ好きの永久運動

では偽装結婚の相手となる日本人男性は、どこから見つけてくるんでしょうか?

中島さんによると、お店に来ている常連さんが多いそうです。お店のオーナーやブローカーが「お小遣い稼ぎに、どう?」と声をかけて、偽装結婚に至るのだとか。
偽装結婚すれば、相場で月5万円程度もらえるそうです。

「その5万円で、またフィリピンパブに通う人が多い。 やっぱりフィリピンパブが大好きなので」という中島さん。

中島さんの著書、本のタイトルは『フィリピンパブ嬢の社会学 』ですが、内容はほとんど中島さんの体験記。
身を粉にして得た情報に、北野誠も興味津々でした。
(尾関)

アーカイブス

同じカテゴリー

|
facebook twitter hatebu line