2017年4月23日(日)

【コラム】民放ラジオ番組の変遷(2)

RadiChubuスペシャル / カルチャー

主にAM局の番組がどのように変化してきたのか、CBCラジオの歴史を織り込みながら振り返っています。
第1回はこちらからお読みください。

型破りなトークの登場

明確に若者をターゲットとした最初の深夜番組は、1966年4月に始まった大阪ABCラジオの『ABCヤングリクエスト』と言われています。開始時には現役で活躍中の道上洋三ら局アナがDJを務めました。
当時の深夜帯には成人向けのお色気路線の番組が多かったことから、差別化を図るためにシモネタ厳禁が徹底されていたようです。

一方、65年8月に始まった文化放送の『真夜中のリクエストコーナー』では、土居まさるアナウンサーが「ドヒャーっと行こうぜ、お前ら!」に代表される型破りなトークで多くの若者たちを刺激しました。

真打ち登場 オールナイトニッポン

そして深夜番組そのものの人気を決定づけたのは、67年10月スタートで今年50周年を迎える『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)でした。
『オールナイトジョッキー』からスピンオフした糸居五郎をはじめとする局アナ勢に混じり、入社6年目の制作スタッフ「カメ」こと亀淵昭信(のちのニッポン放送代表取締役社長)が人気DJとなりました。

なお『オールナイトニッポン』では69年頃からDJの呼称を「パーソナリティ」に統一しています。深夜番組の主役が音楽から話し手の人間性に変わったことを示す象徴的な変更と言えます。

全国各地で始まる深夜番組

この他、文化放送で69年にスタートした『セイ!ヤング』も前述の土居まさる、みのもんたなどの局アナを起用しました。
全国各地で深夜ゾーンは人気枠となり、ラジオ人気は50年代とは異なる形で復活します。

CBCラジオでも『オールナイトニッポン』の開始と同じ67年10月から、島津靖雄などの男性局アナ陣による『CBCヤングリクエスト』を開始。
69年4月には後続番組として女性DJによる『オールナイトCBC』が始まり、連続4時間の終夜放送を実施します。同時にこの時からCBCラジオは24時間放送となりました。
番組ではファンクラブを作り、会報の発行や定例会、今で言うところのリスナー集会を開催し、リスナーとの交流に力を注いでいたようです。

その他、声優を起用し、やや高めの年齢層を狙った『パックインミュージック』(’67〜 TBSラジオ)、天野鎮雄氏や森本レオ氏ら名古屋のタレントを起用した『ミッドナイト東海』(’68〜 東海ラジオ)も始まっています。

つボイノリオのラジオ初登場

そして69年秋、『CBCヤングリクエスト』の公開収録に、ギターを持ったひとりの学生が現れます。
彼の名は坪井令夫。後のつボイノリオです。

坪井は愛知大学で所属していたフォークソング研究会の活動の一環で友人と出演し、後に「本願寺ぶるーす」となる楽曲を演奏して一躍人気者となりました。

この時の模様は東芝からリリースされた番組LPにも収録され、これを機に坪井は「スリー・ステップ・トゥ・ヘブン」名義でテイチクレコードからデビューを果たしたのです。

※画像はシングル「本願寺ぶるーす」ジャケットより。中央がつボイノリオ。

フォークシンガーへの注目

実はこの頃、ラジオ界隈ではこのようなことが同時多発的に起こっていました。

深夜番組には多くのリクエストが寄せられます。特にこの時代に若者たちに支持されていたのがフォークソングでした。
作詞家や作曲家といったプロの作家によって作られた歌謡曲とは異なり、歌い手自身が詞も曲も書く、いわゆる「シンガー・ソングライター」にラジオ業界も注目し、音楽出版事業で関係を持つなど交流や支援を深めていきました。

70年代に入ると、よしだたくろう(吉田拓郎)、泉谷しげるらが深夜番組に起用されていきます。コンサートのMCで培ったトークが若者の共感が呼んだのです。
前述の坪井令夫も72年5月に『ミッドナイト東海』(東海ラジオ)に登場するなど、全国各地でフォークシンガーのラジオ進出が増加していきます。

話し手のバトンタッチ

一方『CBCヤングリクエスト』と『オールナイトCBC』はタイトルを『CBCビップヤング』と変えて局アナの起用を続けてきましたが、諸事情により番組を終了し、72年の秋改編でニッポン放送『オールナイトニッポン』のネット放送を開始します。

その『オールナイトニッポン』も73年夏にパーソナリティ陣を一新し、フォークシンガーや放送タレントが起用されていきます。

こうして深夜番組の話し手は局アナ・声優・俳優から新たな才能にバトンタッチされ、若手の局アナたちは徐々に日中の番組へ顔を出し始めるのです。
(編集部)
※文中敬称略

※4/30追記
文中の文化放送「真夜中のリクエストコーナー」の開始年月を67年4月と記載しておりましたが、正しくは「65年8月」でした。ご指摘いただいたビューアーさんに御礼申し上げます。ありがとうございました。
今後はさらに資料としての正確性を保つよう執筆させていただきますので、お気付きの点ありましたら、本サイトのお問い合わせ先よりご指摘下さいませ。

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