2017年12月23日(土)

直木賞候補・澤田瞳子の『火定』は歴史”医療”小説の傑作

多田しげおの気分爽快!! / カルチャー

『多田しげおの気分爽快!! 』、書評家・文芸評論家の大矢博子さんがおすすめの新刊を一冊紹介する「私のポン棚」のコーナー。

12月21日に紹介されたのは、11月下旬に発売された澤田瞳子さんの『火定』(かじょう)です。
発売直後に大矢さんが「これは面白い!紹介しよう」と思っていた矢先、昨日発表された直木賞の候補に入っていたそうです。

「火定」とは?物語の背景は?

タイトルの「火定」は仏教用語です。仏教の修行者が自ら燃え盛る火の中に身を投じることで無我の境地に達する、永遠の瞑想に入るという意味です。

多田「亡くなってしまうんですね。そういう修行なんですね」

この本は史実が元になっています。舞台は奈良時代。あまり小説でもなじみがないと思います。
モチーフは天平9年(737年)、実際におきた天然痘の大流行です。

背景を説明すると、当時、遣隋使や遣唐使で、大陸と交流がありました。そして、朝鮮半島にあった新羅(しらぎ)に行っていた使者が天然痘を持ち帰ったとされています。

この天然痘の流行で、当時政治の中枢にあった藤原4兄弟がいました。藤原不比等(ふひと)という大政治家の息子4人ですが、この4人が全員死んでしまいます。
藤原氏の政治から皇族の政治に戻って、聖武天皇が大仏を建立するなど、政治的に非常に大きな変換期のきっかけとなったのが、この天然痘の大流行だったのです。

施薬院が舞台の医療パニック

この物語は、当時実在した施薬院(せやくいん)という、貧しい庶民のための国立の病院が舞台です。

多田「聖武天皇の皇后が力を入れたものですね」

施薬院におかしな病人が担ぎ込まれるようになります。急に高熱を発し、何日か高熱を発した後に、急にまた熱が下がる。治ったと思ったら、身体中に水泡ができて、苦しみながら死んでいく。

実はこれより30年前、天然痘が流行したことがありました。当時を知る医者がそれに気づきましたが、天然痘は庶民のみならず貴族にも襲いかかります。

中央の病院はもう貴族の対応で限界です。庶民の病院には情報も薬も回ってきません。そこで、施薬院の医者は懸命に手当てをしますが、治療法がわかりません。

街はパニックになり、ニセの信仰(「このお札を買えば治る」というデマなど)が流行ったり、新羅から帰った使者が持ち込んだとの噂から、都に住んでいる外国人を殺せとパニックになっていきます。

極限状態の描写

『火定』の読みどころは、まず極限状態の描写です。こういう時に人はどこまで浅ましくなるのか。もしくは気高くあれるのか。
人間は誰も善100%、悪100%ではなくて、みんな強いところ弱いところ、いいところ悪いところを持っているけれど、こういう極限状態ではどちらが顔を出すのか。その境目は何なのか。

自分だけ助かろうとしたり、パニックに乗じて儲けようとしたり、自分が感染することを厭わずに手当する医者もいます。
様々な人間模様が描かれ、善悪ではなく、自分だったらどちらに転ぶを考えさせてくれるのです。

多田「平常時の自分が、この登場人物のうちのどれになるか、という感じですね」

命とは何か

もうひとつの読みどころは、命とは何か、というテーマです。どれだけ手当てしても、人はどんどん死んでいきます。どうせ死ぬのなら命とは何だ、と医者は無力感に苛まれます。

その絶望の果てに、「もしかしたら生きていくということは、こういうことではないか」というひとつの真理に達します。読後に同じ思いをする方も多いでしょう。

多田「なかなか深いですね」

現代社会に通じる歴史小説

『火定』はとても深いパニック小説です。実際に起きた天然痘ですが、奈良時代なので資料がそれほど残っているわけではありません。史実をベースに、澤田瞳子さんの想像も交え、現代にも通じる人間模様を描いた歴史医療小説の傑作です。

今回取り上げた澤田瞳子さんの『火定』はPHP研究所から販売中です。
(みず)

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