2017年9月19日(火)

【エッセイ】ラジオは「東京」「地方」で比較するのはちがうんじゃね?という話。

RadiChubuスペシャル / カルチャー

「アイツぁいい加減な奴だ」と言われながら、東京で放送作家の仕事をしていますが、ここ数年はSNSのおかげや、様々な仕事に関わることによって、各地で放送に携わる皆さんとお話する機会をいただいています。

各地にお邪魔をすれば、地元のお店にご案内していただくこともあり、逆にお仕事などで東京にお越しになられたのなら、時間の許す限り、食事を供にできるようにと思っています。
だからお前は食って飲んでばかりでこの野郎と言われそうですが、楽しい時間の方がいいに決まってらぁ。

面白い奴はどこでも面白い

放送に出る人・作る人。その面白さや魅力については「東京も地方も関係ねぇ」と思うのです。
面白い奴はどこにいたって面白い。逆につまんねぇ奴ぁ、何したってつまんない。地元、地域の話題、その土地あるある…いろいろあるけど。

結局「パーソナリティー」って言うでしょ?ローカルってのは、その人の個性の延長にあるものなんじゃないかな。
その中で地元の風土や生活に触れたうえで、自分の言葉が出てくるし、その日その瞬間にその土地の今を共有する言葉が生まれるんじゃないかと思うのです。

この時代に「地方」を押し込める「東京にいる人」

だから、東京にいることで日々確認しているのは、地方の作り手・喋り手に対して「東京からみた地方像」を押し付けていないか。

SNSがあって、radikoで聴けてっていう時代に「地方だから面白い」「さすがキー局」みたいな物言いは、違うんじゃないかと思っちゃうのです。
地方で生まれ育った若い喋り手・作り手が、使い古されたような「望む地方像」のような場所を経験しているわけじゃないですからね。
なんか「学生は学生らしく」とか「就活生らしい服装」とかみたいな話です。

欲しい漫画もCDも翌日には届く。いや、配信ですぐ買える。ネット上の話だけじゃない。大型ショッピングモールだって、量販店だってある。
幼い頃からそれを目にして育っている若い喋り手・作り手を「地方ならではの」「地方のラジオは」「喋り手は◯◯だから良い」みたいな言葉で語られてもなぁと思うのです。

「そのへんの人」だからこそ、地域って見えるんじゃね?問題。

だから、思ってもいないのに「地元の話題を、地域の皆さんと語り合う番組にしたいと思います」なんて言う、若い喋り手より「私、他人の不幸は蜜の味だと思うんですよ。メールください!」って言っちゃう人に、俺には魅力を感じます。
その辺のおっさんおばさん兄ちゃん姉ちゃんが喋っている。そこに肩書きや職業、居住地といったフィルターを通すと、面白いものも面白く感じられなっちまうもの。

だから「恋愛経験がない奴らは、ガールズバーに行け!」とか「69歳の誕生日をどう祝うのか」とか、そんな話を、喋っている人の肩書きで聴けるわけないだろ公共の電波だぞおっさんがこんなこと喋っているのがラジオだぞ若いのはもっともっともーっと好きにやりゃいいじゃねえかどうもすみませんこんな話大好きです。

で、こんなこと言ってビール飲んで寝てしまう。
やっぱり放送作家が一番いいかげんじゃないか!


河野虎太郎
放送作家。連休は東北地方の港町で、おっとこ前の女性ラジオパーソナリティー(本業は観光物産店の店員)と酒を飲む。ここまで肩書きを2つ書いたが、多分彼女の本当の肩書きは「プロの酔っ払い」だったんだと思う。ラジオより面白い。そんなこと言っちゃいけない。

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