2017年9月18日(月)

植木等「スーダラ節」のルーツは親鸞聖人の教えにあった!

つボイノリオの聞けば聞くほど / カルチャー

9/15の『つボイノリオの聞けば聞くほど』には、娯楽映画研究家の佐藤利明さんが出演しました。
クレージーキャッツやザ・ピーナッツ、坂本九さんのエピソードや、かつてのコントや映画、歌に関する話題が続き、まさに「昭和エンタメの伝道師」の面目躍如といったところでした。

番組終了後もその当時を懐かしむおたよりがリスナーから多く届きましたが、15日放送分では、特にクレージーキャッツに関する話題を中心に取りあげました。

犬塚弘さんは「ヒロシ」ではない

「犬塚弘さんの本名は『ヒロシ』ではなく、『ヒロム』と読むのが正しいと、NHKの番組でご本人が話されていました」(Aさん)

芸名として完全に「ヒロシ」で定着していたので、知らなかった方も多いのではないでしょうか。

「犬塚さんに会ったことはないが、クレージーキャッツの中ではハナ肇さんには会ったことがある」と語るつボイノリオ。

あるテレビ番組で共演し、つボイはスーパーマンの恰好をしてCM前に飛んでいく役で、ハナさんは屋台のオヤジ役でコントなどを行っていたのだそうです。
一緒のスタジオで収録していたため、挨拶をさせてもらったことがあるそうです。

「だいぶ前に地元豊橋のユニクロで偶然会って握手してもらいました。ちなみに犬塚さんは何も買って行かれませんでした」(Bさん)

すかさず「そんなこと言わんでええ」とツッコむ小高直子アナ。

コミックバンドの元祖!

「こどもの頃必ず見ていたのが『ひょっこりひょうたん島』(NHK総合)と『シャボン玉ホリデー』(日本テレビ系)でしたが、年上の人に話すと『本当に面白かった時期に観てないね』と言われることがあります」(Cさん)

「面白かった時期」ということは、番組やクレージーの人気に変動があったということになりますが、つボイは「クレージーキャッツが全盛期から少し陰りが出てきた時に、ザ・ドリフターズの勢いが出てきて、学校でも面白いと話題になった」と補足しました。

さらにつボイは「クレージーの音楽的な基盤はジャズであり、音楽雑誌にトロンボーン奏者として谷啓さんが載っていた。一方、ドリフの基盤はロックだった」と語ります。
1970年頃は音楽的にもお笑い的にも、時代が大きく動いていたということですね。

植木等と親鸞は同じ教えだ!

つボイが先程「ハナ肇さんにしか会ったことがない」という話をしましたが、ニュース担当の富田和音アナは「植木等さんにゲストで自分の番組に出ていただいたことがある」と鼻高々に語りました。

80年代から90年代に富田アナがパーソナリティーを務めていた『CREATIVE COMPANY 冨田和音株式会社』(CBCラジオ)での話です。
しかし、すでにご高齢だったので名古屋までは行けないという話になり、それならばということで、番組ごと東京に行って放送したのだそうです。

つボイが植木さんに関するエピソードを1つ紹介しました。

1961年(昭和36年)に発売された、ハナ肇とクレイジーキャッツ初のシングル「スーダラ節」は、今や植木等さんの代表作とされています。
しかしレコーディング前に青島幸男さんが手掛けた歌詞を見て、生真面目な植木さんは「こんな歌を歌っていいのだろうか」とかなり悩んだそうです。

そこへ浄土真宗の僧侶であるお父さんが「”わかっちゃいるけどやめられない”という歌詞が親鸞聖人の教えにそっくりだから大いに歌えば良い」と許しを与え、励ましたと言われています。

つボイのデビューは親戚中非公認!?

そこで「つボイさんはどうやって家の許しを得たのか?」と尋ねる小高アナ。

つボイが「金太の大冒険」でソロデビューした時、家族が親戚中にレコードを配り「よくレコードデビューができたね~!」と褒められていました。

しかし、家族は曲を聴く前に配っていたため、実際に曲を聴いてから大激怒!
親戚中に「変なレコードを配ってごめんな」と謝りに回ったのですが、「ええよ、これ面白いよ」と言われ、改めて「やっぱり親戚は温かい」と感じたつボイ。

そこで次に「極付け!お万の方」のレコードを配ったところ、「これはアカン!」と言われたのだとか。
植木さんとは大きな違いだったことを思い出したつボイでした。
(岡本)

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