2017年3月13日(月)

震災から6年…名取市閖上地区をつボイノリオが訪ねる。

つボイノリオの聞けば聞くほど / Chubuネタ

東日本大震災から6年となりました。
今回は「被災地からの教訓」と題して、去る11日と12日に名取市の 閖上地区を訪れたつボイノリオのレポートをお送りします。

撮影:伊藤敦基アナウンサー

閖上地区の被害を振り返る

今回つボイノリオが訪れた名取市の閖上地区は、名取市街と仙台空港の間にある地域です。
江戸時代から発展し赤貝が獲れることで有名な街で、震災当時はおよそ7,000人の方が暮らしていました。
ここに9メートルもの津波が訪れ、発生時に3,000人いたであろう方のうち4分の1にあたる750人が犠牲になりました。犠牲者の多くは、避難所とされていた閖上中学校に逃げ込んだ方々でした。
翌年から毎年3月11日には、中学校をはじめ街中に絵灯籠を飾る鎮魂のイベントが行われています。
つボイノリオは、5年前に担当ワイド番組の取材でこの地区を訪れて以来、絵灯籠作りを支援してきた伊藤敦基アナウンサーとともに、閖上地区へ足を運びました。

ハト形の風船を巡る支援のさまざまな形

まずふたりは閖上港へ行き、中学生の遺族会による、ハトの形をした風船を飛ばす追悼行事に参加しました。当時亡くなった中学生は、何事もなければ今年二十歳になっていました。

「だからね、ハト風船に『成人おめでとう』と書いたんです。最初はメッセージをお焚きあげをする話だったんですが、燃やしてしまったら子どもたちが読めないだろうと。天まで届けるんなら風船がいいということなんですね」

しかしこの風船を飛ばす追悼について、SNSなどで批判を招くことになります。
飛ばした風船が海に落ちると環境や生態系に良くない、という声があったそうです。

「そしたら『うちの風船を使ってください。風船にも糸にも土に還る素材を使ってますので安心して飛ばしてほしい』という人があった。現地の人への支援にもいろんな形があるんですね。風船はきれいな青空に飛んでいきました。もう泣きっぱなしでした」

一見何にもない土地に起こっていた変化

その後、向かった閖上地区は、つボイノリオには何もない場所に映りました。

「 何度も通った伊藤アナが同行してくれて良かった。いきなり行くのと何度も向かうのとでは、相手の心持ちが全然違います。受け止め方、出て来る言葉が違う。
そのだだっ広い、一見何にもない土地にも、伊藤アナから見たら変化があったわけです」

一番大きな変化は、海抜5メートルですが、地盤のかさ上げがなされていたことでした。
さらに7・8階建ての災害公営住宅が建ち並んでいたことです。

被災地からの教訓

「わたしも黙祷してきたんですが、終戦記念日など通常黙祷は1回だけです。ところが、ここは2回やる。なぜかというと、地震の起きた時間と津波の起きた時間があるからなんです。いかに大変なことが立て続けに起こったかということを肌で感じることができました」

なお、閖上地区では地震から津波まで1時間の間がありましたが、それでも750人もの人名を失いました。
現在想定されている東南海地震では、愛知県田原市を例にすると津波は揺れから30分で到達すると想定されています。
あらためて私たちも防災について考えなければなりません。

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